2014 循環器フィジカルイグザミネーション講習会 世話人ご挨拶

聴診で救える患者がいる

みなさま、今年も循環器フィジカルイグザミネーション講習会の季節がやってきました。本講習会は日頃忘れがち、軽視されがちな身体所見を見直そうという目的で開催しておりますが、今回で12回目を迎えました。毎年全国から250名の先生方に参加いただいております。

さて、本講習会では毎年キャッチフレーズをつけておりますが、今年は『聴診で救える患者がいる』としました。この紙面をお借りして少し説明を加えさせていただきます。

心臓弁膜症でよく遭遇するのは、大動脈弁狭窄症と僧帽弁閉鎖不全です。この二つの弁膜症の最大の特徴は何といっても収縮期雑音です。収縮期雑音さえ聴取すれば見つけるのは難しくありません。すなわち聴診器を胸に当て、雑音を聴取したならその最強点、持続、あるいは遅脈やⅢ音の有無などの所見をとれば診断はほぼ決まり、多くの場合重症度も把握できます。心エコーを施行すれば確定診断でき治療方針が立つでしょう。手術が必要なら腕のいい外科医に託せば患者は救われるという寸法です。また最近では、カテーテルを用いて大動脈弁狭窄症の治療をしたり、僧帽弁閉鎖不全に対応する動きも出てきております。

ポイントは聴診です。心電図や胸部レントゲン写真、あるいは血液検査からはサポートする所見を得ることはできますが、診断は困難です。『症状が出てから発見すればいい』といわれるかもしれません。しかし、高齢者に限らず若い人でも慢性的に推移する弁膜症では症状が明確でないことは稀ではありません。本人自身でさえ気づいていなかったり、あるいは症状があっても医師や家族に切り出せないでいることもあります。重症弁膜症が発見されて改めて本人や家族に話を聞くと症状を有することが確認されることはしばしばあります。仮に診断の時点で症状がなくても重症弁膜症があれば近い将来症状が出現する可能性は高く、その際は手術が必要と説明しておけば時期を逸することなく治療が可能です。肺水腫や感染性心内膜炎で発症、初めて診断がつき手術、ましてや緊急手術などという事態は避けるべきです。本邦の心臓外科医は腕がいいので待機的手術の成績は極めて良好です。そして指摘なタイミングで手術をすれば救命のみならずQOLの向上も十分期待できます。術前大した症状のなかった人でも術後に症状が改善する例をしばしば経験します。『生きることってこんなに楽だったのですか!』とおっしゃる患者さんは少なくありません。一方、重症弁膜症を放置すれば予後は不良で、特に重症大動脈弁狭窄症の予後はたちの悪いがんに匹敵します。がんを聴診で見つけることはできるでしょうか?よほどの例外を除いてがんは聴診では見つかりません。CT、エコー、シンチグラム、内視鏡、PET、腫瘍マーカー等々を動員して診断します。

聴診器一本でがんに匹敵する予後不良の病気を発見でき救える、という聴診の醍醐味を是非実感して頂きたいとおもいます。先生方にとって身体所見の面白さ、有用性や限界などを学ぶ機会となっていただくことを願っております。

2014年 夏
吉川 純一、室生 卓